2018年10月30日

ドラゴンゲート津大会

どす恋😌🌸💓女将です(*^^*)✨

ハートボートミエの日に午後5時からメッセウイングにてドラゴンゲート「ドンフジイ場所」が開催されました。

こちらが午後5時から終了が午後7時。
ハートボートミエの打ち上げ開始が午後7時。いつもこちらも試合後に打ち上げでご利用頂きますから亜紀ちゃんとお友達の四人で試合観戦して参りました。

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ドラゴンゲートの選手から子ども達にお菓子のプレゼント❗夢のある企画ですね✨素晴らしいです。

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花束贈呈です。
ドンフジイと同期の元立浪部屋にいた奥田君が花束を贈呈していました。奥田君、うちのお客様でして、体が大きかったから何気にお相撲さんにならない?と聞いたのがきっかけで当時はまだ、大島部屋がなかった頃で立浪部屋に紹介させて頂き、入門。しかし、検査で引っ掛かり、また、戻ってきまして金鍋で預かることに。食事療法(私の😅)で次の新弟子検査でめでたく入門が決まりました。だから就職場所の大阪ではなく、翌場所デビューでしてドンフジイさんも同じデビューでした。

同期が少なく、奥田君とドンさんが同期とは。なにかやはり、どこかで繋がっているのですね。で、今、奥田君は亀山(地元)でどすこいと言うちゃんこ屋を経営、頑張っているようです。そのどすこいさんから花束贈呈、リングに上がり、中々の貫禄でした。

ドラゴンゲートプロレスはアクロバット的なプロレスで動きが早く、楽しく観戦でき、私のお友達も初めて観戦し、とてもハマったと言ってました😃

選手もリングから下りるとグッズ売りをしたり、腰が低くて人気がでるのはわかります。試合終了後、慌てて金鍋に戻り、ハートボートミエの皆さんの宴会場にご挨拶に。有難うございますm(__)m本当に助かります✨今年も無事にハートボートミエのイベントを終わらせて頂きました。

読んでくださり、有難う御座いますm(__)m

drecom_maruchi at 19:36|この記事のURLComments(0)

復興支援イベント!

どす恋😌🌸💓女将です(*^^*)✨


10月28日(日)に津ボートにて毎年、恒例のハートボートミエが開催されました。その名の通り、被災地に売上の一部を寄付しまして代表の方々が支援先に届けてくださいます。金鍋は今年も焼鳥を売りました。

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今年も亜紀ちゃんが頑張ってくれました。
あっという間に完売しました❗持って行く量もそこまで多くはないですが今年はイベントも早くから始まりましたからお昼時には完売でした。

子ども達のダンスとかフラダンス、歌、腕相撲大会とかハイハイレースとか体験とか色々、そして飲食販売とか、賑やかです。

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津ヨインジャーレッドも現れました❗

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南伊勢町出身の翔大君の力強い歌声✨

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ちびまる子ちゃんやポリスまで!
前葉市長もビックリでした(笑)

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香良洲で丸政と言う魚屋さんの大将、鯖戸さんとさゆりちゃんと一緒に✨

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最後にみんなで記念撮影✨
私達は早く帰らせて頂き、前日に宿泊された高校野球部のお部屋そのままで出掛けましたから慌ててお布団を片付け、亜紀ちゃんと二人でハートボートミエの皆さんの打ち上げ会場に大どんでん返し❗汗だくになりながらなんとか間に合いました(;`∀´)

ちなみにこの記念撮影は津市出身、有名な浅田政志さんが撮られました。


皆さん、お疲れ様でした🙇
ファミエの若林代表、色々有難う御座いました。また、来年のハートボートミエを楽しみにしていてくださいね。

読んでくださり、有難う御座いますm(__)m

drecom_maruchi at 18:47|この記事のURLComments(0)

2018年10月27日

お月さまはなんでもご存知です。

どす恋😌🌸💓女将です(*^^*)✨


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どんなことがあっても明るく生きる!が私のモットー❗腹が立つこともたくさんあります!人間だから。。悲しいこともたくさん、あります!生きてる証です。

色々、お恥ずかしいお話ですが、私達も勿論、悪いところはあります。元夫ばかり責めている訳でもありません。私達に阻止が出来なかったのは私達にも責任はあります。だから今、たくさんの制裁を受けているのです。

阻止しようにも勝手に決めてきて、勝手に物事をやってしまい、売上はまるで自分のものと思っていた元夫…阻止しようにもあれでは無理です。青年会議所に入会も勿論、大反対でした。反対するもごちゃごちゃ、言いません。言えば三倍ぐらい、言葉の暴力。。

青年会議所の理事になる!と言ったことがありましたが、諸先輩より「お前は誰のお陰でええ格好できるんや!大体そもそも理事になるには生まれ育ちも条件に入るんやぞ!」と言われていたみたいでうちの両親はそんなことは一度も思ったことも言ったこともないのに世間があの人を僻ませたのかもわかりませんね。

段々、顔も見たくないとか両親を恨むようになったのは多分、世間なんですね。

狭間に立たされた私は毎日が辛かったです。
同じ屋根の下に住んでいる以上、両親に心配を掛けてはいけないと思い、私が我慢すればいいと思い続けたのは私にも責任はあります。言葉の暴力、力の暴力、何か言えば殴られる、、殴られても我慢!母が翌日、心配そうに私の顔を見る、そんな日々でした。

私は嘘は大嫌いなんです!
人と心"を大切に…
嘘は絶対に嫌いです。
でも元夫は嘘は必要と言いました。
たまには誰でも嘘はつきますが、あの人の人生、嘘ばかり!口がたつ人ってたとえ、嘘でも真っ当に生きている私達が悪者になるのですものね。

悔しいです!
東海テレビの「ご縁です」
いつの話や!と言われるかもですが、吐いた言葉はいつまでも心に残ります。本当のことならまだしもあんな嘘を公共の電波にのせてもいいのですか!?周囲の皆さんも唖然とされてました。「あんなことを言わせてていいのか!」と。。バラエティーならまだしも…いかにも私が大きな借金をしてきて私がずっと元嫁の借金を返してますんやと泣いているんですよ!それって、マジな話?本当にそう思っているのかよ!!

中日新聞には掲載されたその日に抗議の電話をしました。経理の社員達も震えながら怒ってました。みんなにも苦労かけているから…大将の素行を見ているから…中日新聞は謝ってくれましたが撤回や訂正は許して欲しいと謝ってくれました。フラワードームでまた、取材をと申し込んだがそんな嘘をつく人にはもう取材を断りますから許してくださいと…腑に落ちませんがそこまで謝ってくれたら仕方ないかと。。

しかし、東海テレビさんは抗議のメールを送りましたがうんともすんとも言ってはくれませんでした。私はあのような嘘をテレビで流したのが本当に悔しいのです!ここまで本当に頑張ってきました。でもまだまだ、一生、頑張らなければいけないのです。

元夫夫婦には反省してもらいたい!

私の運命だと思いつつもあの嘘は絶対に許せません!世間で「女将さん、元旦那さんが借金返してくれているからいいわね」とたくさんの方に言われました。1円も返してくれない人にあんな嘘は絶対に許せません。

両親がコツコツと積み上げた信用が一気に崩れ落ち、私やスタッフでなんとか、営業を35年させて頂き、お客様、仲間の皆さん、友綱部屋の親方夫妻はじめ裏方さん、力士の皆さん、理解してくださっています全ての方々に支えて頂き、感謝しかありません。

まだまだ、第一線で女将は頑張って参ります。お客様に美味しかったよと言って頂くことが何より嬉しく頑張らなければと思っていますが、あの嘘が私を時に邪魔するのですよね。。悔しくて悔しくて本当にどうしようもないのです。

公共の電波に乗せたからには私もそこまでは行かないにしろ、訂正も撤回もしてもらえないならば、せめてこの私の気持ちをこちらに記したいと思いました。一生懸命頑張ってくれているスタッフにも申し訳ないですから。

読んでくださり有難う御座いますm(__)m


drecom_maruchi at 01:21|この記事のURLComments(0)

2018年10月25日

お月さまはなんでもご存知です。

どす恋😌🌸💓女将です(*^^*)✨



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続きは後日と言ったものの…

これは絶対に許せないことがあるのです。
好きで結婚したはずなのにマンション住まいしていたけどその時のことは楽しくないことばかり、良い思い出なんてひとつもないほどの日々でした。

新婚なのになに!?これ!みたいな生活…
やたら、人をたくさん連れてきたり、私は苦にならなかったけどまるでお手伝いさんのように頭痛がしていようが熱があろうがそんなことは関係なくご飯作り…

そしてほんのわずかしかマンション生活していない頃、私の実家に同居しようと言い出しました。両親に話して改装し、同居しましたが、みるみる元夫のワガママぶりが。。

旅館はまだ、両親が元気だったから続けていました。旅館のお客様はもう家族も同然!父のことを「お父ちゃん」母のことを「お母ちゃん」と呼ぶほど、我が家に帰ってきたような感じの旅館でした。

元夫の素行があまりにもひどく、旅館のお客様が元夫に激しく怒ったこともありました。母はとにかく、元夫は家族なんだからと結婚した以上は自分の息子のように(息子ですが)すごく気遣いしていました。多分、元夫には通じてはいないと思いますが、本当に元夫を立てていました。

青年会議所に入会した元夫はそれからひどく遊びはじめました。たくさんのご予約が入っていてもお店には振り向きもしません。どんなクレームも「お前が解決しとけ!」と。。まさに手弁当もちは当たり前かのように女性に服を買ってあげたり、女性にマンションを借りてあげたり、挙げ句のはてにはスナックまで持たせました。

町の金融業に勝手に二百万もの大金を借りて返す期日が明日と言うときに「お前、二百万口座に入れとけ」と。。

久居に私の母の土地がありました。
そちらを支店でやりたいとまたまた、始まりました。バブリーな時でしたから私達になんの相談もなく支店長に億の融資を一人で頼みに行ったらしく、支店長も日参し、両親に保証人になってくださいと…こいつを男にしてやってくださいと頭を下げに毎日、毎日通われ、両親は絶対にダメだと押さなかったのですが、元夫は「お前らにやれと言ってない!俺がやるんだから口出しするな!」と、そこからうちの両親をひどく恨みだしました。

両親も泣く泣く印鑑を押し、一億数千万の建物を建てて、平成三年7月に金鍋久居支店オープン、それまでに独自で決めて始めた事業、横綱フーズ(弁当、釜めし配達 相撲グッズ販売)フランチャイズなんて知識もないのに初めて会った人にちゃんこ屋やりませんか?と
岐阜、茨城で二件、焼き鳥屋、全てつぶれました。

この金鍋1店舗だけで充分と私は自分の考えを主張していたのにみーんな元夫のワガママでしか思えないための融資額!この代償は大きく、とてもじゃないけど心身ともに疲れはてました。久居店、3ヶ月もしないうちに飛び出しました!こんなこと、やってられるか!と😢

頑張ってくれた牛場以下正社員と電話で励ましながらなんとか勤めてくれましたが、「大将、口先だけです!女を店に何度も連れて食べて行きます!もうやってられないですよ!女将さんのためにここまでやってきたけど、もう無理です!」と、泣きながら訴えてきました。

そうして一人やめ、また、一人やめ…私は皆さんに言われましたよ、久居と本店を行き来しなさい!と。だけどそれをやると本店まで中途半端になるんです。クレームがついたら飛んでいきますが、やはり、本店のお客様は私についてくださっていると、ここと久居を交互にと言われるのはあんたら、商売の真髄をわかってないわと。私が二人欲しいと何度か思いました。

元夫は口がうまいからいっぱい嘘も言いますし、得な人と言えば得人かもわかりません。だから離婚した時はそれはひどい日々でした。業者に「あんたになにが出来る!」と詰め寄られた。元夫は特に酒屋の支払いが二千万近く溜まっていたのにあんな酒屋に払うな!と言いながら女を連れ歩く。

挙げ句の果てに酒屋から断られた。
辛い日々で頭が変になりそうでした。 

そしてまだ結婚しているうちに今の二十歳下の女と付き合いだしました。元夫がまたまた、鈴鹿でちゃんこ屋を開店すると言い出し、もう私達はお手上げ状態😵勝手にやり始めました。手伝いにきて!と言われて数人連れて手伝いに行くと今の嫁がバイトとしていたのですが、私を見る目がすごいし、ふすまを閉める音が激しい!アホと違う?頭おかしくない?と、思うほど私に対する態度は明らかに敵対心むき出しでした。

それから女と出ていきましたがまさか、新婚さん、いらっしゃいに出るなんて!あれには周りのみんなから抗議の電話👂⚡それから東海テレビのきよしさんの番組に!ここです!私が強く言いたいこと。「ご縁です」で
「元嫁の借金を未だに私が払ってまして…泣」きよし師匠もそれはひどいなぁと泣いていらっしゃいましたが、今、ある金鍋の借金は全て元夫がしていって1銭も返ってきません。

また、ナゴヤドームでフラワードームと言うイベントで結婚式をあげるKさんにと中日新聞三重版でまたまた、元嫁が作った借金を私が返さなきゃいけなくなり、自暴自棄になっていた時に今の嫁にすごく、癒されたみたいな記事が上がってました。私は中日新聞、東海テレビに抗議し、すぐに訂正して欲しいと言ったもののそれは難しいとのことで…

私ね、元夫って本当にそう思っているのかと改めて聞いてみたい!もう済んだことでは片付けることは出来ません!のーのーと明日も休みますとか、九州に行ってきますとか、blogに書いているけど、二連休しますとか、三連休頂きますとか、気楽なものだなぁと…

私はただ、お客様のため、スタッフのため、そして融資先にどうやってきれいに返せるかとそればかり考えて邁進してはいますが、あんな嘘を公共の電波に乗せて発信する、そして地元紙にしかり、なんで私がした借金なんですか!!はぁ!?明るく前向きに日々、頑張ってますが、死ぬまで頑張り抜くつもりですが、やはりあの偽りの言葉は死んでも恨みます!テレビであんな嘘をよく言いますね。この事はダメですね、いつも頭から離れません、なんだかムカムカが取れません。

長くなりました。
読んでくださり有難う御座いますm(__)m

drecom_maruchi at 01:27|この記事のURLComments(0)

2018年10月24日

お月さまはなんでもご存知です。

どす恋😌🌸💓女将です(*^^*)✨


今日は長文になるかもです。
申し訳御座いませんm(__)m

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今夜のお月さまは本当に美しい✨

金鍋は昭和58年7月1日にオープンさせて頂きました。お陰様で今年で35年の年月が経ちました。金鍋と言う名前は金星の「金」に鍋料理の「鍋」このお店を開店するにも両親、私は大反対でした。白塚に「ちゃんこ茶屋岸」と言うちゃんこ屋さんがすでにオープンしておりまして、そちらの店長が私の元夫。

人手が足らないとオープン当初、オーナーはじめ店長も困っていたので私も母に大反対されましたが、外に出たことがない自分ではいけないと思い、母の反対を押しきってのバイトでした。

うちも旅館業を両親が細々とやっていました。細々と申しましても毎日、宿泊客はまあまあいらっしゃいまして、夕飯作りの手伝いをしていましたが、やはり、社会に出ないといけないかと思い、バイトに専念致しました。

力士が大好きな私はしっかり頑張る店長のことをカッコいいなと思い始めました。これがそもそもの間違いでもありましたが、世間に出てないと、こう言う風になってしまうのですね…お恥ずかしいお話です。

そして時を経て結婚。

両親に大反対され、ちゃんこ茶屋岸のオーナーが親代わりになってくださり、親を説得してくださり、元夫の結納金から結納品、結婚式費用(元夫側の)を出すからと…両親もそのオーナーの気持ちに心を打たれ、なんとか首を縦に振ってくれました。

結納金、結納品の問題ではなく、オーナーが親代わりになってくださること、それにお応えしたわけで御座います。

そして、結婚。

結婚してからと言うものは元夫に振り回されっぱなしでした。まず、岸を退社する!そしてちゃんこ屋をやる!両親や私は絶対にそれをしてはいけない!と、反対し続けました。知らぬ間にオーナー宅に退社すると伝えに行ったらしく、両親は落胆…あんなにお世話になったオーナーなのにそんな義理を欠けるようなことは絶対にしてはいけない!と、、、

それなら死ぬ!と言い出す元夫。

両親はこれ以上、言ったら私が可哀想かと思ったらしく、どこでやるかと聞くとみかさ旅館を半分取り壊してここで一生懸命やると。かなり、オーナーサイトの方々には色々、言われましたが、これは本当にこちらが悪い訳で言われて当たり前です。うちの両親は一生、ちゃんこ茶屋岸さんで骨を埋めるぐらいの気持ちで頑張れと言ったのにそんな社長の恩を裏切るようなことをしたお店だから絶対にとんとん拍子には行かないだろうと、義理を欠いたお店だからと言う気持ちがずっと抜けませんでした。

プレオープンの時には社長にご招待状をお出しし、多分、欠席だと思っていましたら出席のお返事、これは本当に嬉しかったです。来てくださいましたが、やはり、社長としてはご立腹だったことでしょう。オープン当初、慣れてないし、一生懸命、頑張りました。やった以上はやはり、地域密着で頑張って少しでもオーナーにご恩返しがしたいと両親、はじめ私はそれを胸に励みました。

長くなりますので第二弾はまた、後日に続きます。

読んでくださり有難う御座いますm(__)m







drecom_maruchi at 20:56|この記事のURLComments(0)
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